福岡県筑後市では、背中に羽を持つ伝説上の犬「羽犬(はねいぬ)」にまつわる物語が語り継がれています。この羽犬にちなんで名付けられた地名「羽犬塚」や、市のマスコットキャラクター「チク号」と「はね丸」は、市のシンボルとして多くの市民に親しまれています。
羽犬伝説の2つの物語
羽犬に関する伝説には、大きく分けて次の2つの物語があります。
1. 悪犬伝説
この地に住み着いていた羽の生えた犬は非常にどう猛で、旅人を襲い家畜を食い殺すなど暴虐の限りを尽くしていました。1587年(天正15年)、九州平定のため豊臣秀吉が遠征した際、この羽犬が行く手を阻んだため、秀吉は大軍を率いてこれを退治しました。羽犬の強さと賢さに感銘を受けた秀吉は、その亡骸を手厚く葬るため塚を築いたと言われています。この塚が「羽犬塚」と呼ばれるようになりました。
2. 良犬伝説
一方で、羽犬は秀吉の愛犬であったとも伝えられています。羽が生えたように軽やかに跳び回るその犬を、秀吉は大変可愛がっていました。しかし、九州遠征中に病気にかかり、この地で亡くなります。秀吉は深い悲しみに暮れ、家臣たちが犬を弔うため塚を築いたという話です。
羽犬塚と宗岳寺
羽犬塚は、現在筑後市上町の宗岳寺(浄土宗)の境内に現存しています。高さ約2メートルの五輪塔で、「犬之塚」と刻まれています。この塚が羽犬伝説の舞台であり、地域の歴史的シンボルとなっています。
地名の考察
羽犬塚の地名の由来には様々な説があります。「延喜式」に記される「葛野駅」との関連で、交通の要衝にあった駅馬(はゆま)塚や駿馬(はやま)塚が転じたとする説や、丘陵地の端の塚を指す「端犬塚(ハイヌヅカ)」から来た可能性も指摘されています。いずれにせよ、秀吉の伝説と結びつけているのは後世の付会と考えられることが多いようです。
羽犬伝説を活かした地域PR
筑後市では、この伝説を地域の活性化に取り入れています。市内には羽犬をモチーフにした像やモニュメントが設置され、市のPRキャラクター「チク号」とその子孫とされる「はね丸」が活動しています。特に、ゆるキャラの「はね丸」は、筑後市のPRを担当し、観光や地元の魅力を広める活動を行っています。


https://www.city.chikugo.lg.jp/kankou/_6137/_8406.html
羽犬伝説の現代的な意義
羽犬伝説は、史実としての裏付けが明確ではないものの、地域のアイデンティティを象徴する重要な要素となっています。そのユニークな物語は地元の誇りであり、市民に愛される存在です。羽犬の背中の翼は、単なる伝説の産物ではなく、地域の発想力と豊かな文化を象徴しているとも言えます。
筑後市を訪れる際には、ぜひ羽犬伝説にまつわるモニュメントや宗岳寺の羽犬塚を訪ね、この地域の歴史と文化を感じてみてください。
